2022年11月にChatGPTが一般公開されて以降、積極的にLLM(大規模言語モデル)をはじめとする生成AIを業務に活用する企業も増えつつある。なかでもパナソニック コネクトは、国内B2B企業でいち早くAIを全従業員に導入するなど、先進的な取り組みをしている企業だ。同社では「顧客価値」を起点としたマーケティングへの変革を進めることで、経営全体を革新しようと試みている。
Product Experience Summit Tokyo 2023に登壇した、パナソニック コネクト株式会社デザイン&マーケティング本部・デジタルカスタマーエクスペリエンス統括部長の関口 昭如氏は、変革における具体的な取り組みや、プロジェクトの一つでもある「グローバルPIMの構築による顧客接点の最適化」について講演した。
<目次>
登壇者
関口 昭如氏
パナソニック コネクト株式会社
デザイン&マーケティング本部・デジタルカスタマーエクスペリエンス統括部 統括部長
Profile: 総合電機メーカーに入社後、複数のBtoB事業製造業企業において、デジタルを中心とした、グローバルマーケティング、デマンドジェネレーション、カスタマーエクスペリエンスを牽引。2018年10月よりパナソニック株式会社 コネクティッドソリューションズ社にてデジタルマーケティング変革を断行中。また、筑波国立大学院等複数の教育機関にて教鞭も執る。博士(工学)。2018年より現職。
関口氏は冒頭で、「我々のビジネス環境は非常に変化している」と切り出した。営業が主体的に情報提供を行い顧客とコミュニケーションする時代から、「コミュニケーション手段の主体が顧客側に変わっている」と所感を述べた。また情報が過多であることも大きな要素であり、関口氏は「顧客は情報洪水の中で企業を探索しているという認識が必要」と説く。モノ消費からコト消費への移行や、グローバル化も重要なファクターだ。
こうした変化への対応が求められる理由の一つは、共創のエコシステムにおいて、従来の競合他社がいきなりパートナーになる可能性があることだ。自社だけですべての対応を行うのは難しく、競争を超えて協力し合う必要があるという認識が重要となる。さらにLTV(顧客生涯価値)最大化のためには継続的な関係構築が必要となるため、「顧客の変化に適応する形でコミュニケーションのアプローチを変え、顧客中心のビジネスモデルに向けて進化していく必要がある」と示した。
営業改革やソリューションのシフトにおいて、パナソニック コネクトでは顧客価値にフォーカスした「顧客価値起点マーケティング」を進めているという。特にテクノロジーの変化においては、AIやクラウドコンピューティングが重要な役割を果たしており、これに対応する形で日々のビジネスを展開している。この顧客価値起点マーケティングは顧客の変化への対応策であり、関口氏は「顧客理解から設計製造、プロモーションやセールス、契約購入後のトータルサポートを通してニーズに応えている」と概要を示した。
また、その中身については
の3つに分類できるとした。
プロダクトマーケティングについては、「価値の種を作る活動が重要」だという。プロダクトの価値は顧客が判断してはじめて決まるため、本来であればサプライヤー側から「こういう価値があるものを作りました」と発信することは難しい。プロダクトマーケティングで顧客理解を進めることで、顧客が価値を見出せる商品を提供できるというものだ。セールスマーケティングでは、顧客に価値の種をしっかり伝えることが目的となる。関口氏はこの領域について、「プロモーションやマーケティングコミュニケーションが鍵となる」と語った。リレーションマーケティングは特に重要な活動であり、商品を購入・契約したことで顧客が本当に成功しているのかを見極め、その価値を維持する取り組みだ。
この3点について、関口氏は「これら3つは単独ではなく、連携して進める必要がある」としたうえで、「組織が大きくなってくると連携が難しくなる。サービス企画や販売契約・CSなど各部門がサイロになりがちなので、これを防ぐために連携の活動を進めている」と語る。
さらに、パナソニック コネクトでは以下の4点をサイロをつなぐための活動と定義しているという。
4.はカルチャーやマインド寄りのポイントだが、関口氏は「顧客のエクスペリエンス向上には従業員のエクスペリエンスが良好であることが不可欠。コインの裏表のような関係にあるので、どちらも一緒に上げていくことが重要」だと示した。
「競合となる製品がある中で、たまたま自社のものを使ってもらっているだけではLTVの向上にはつながらない」と語る関口氏。そこでパナソニック コネクトにおいては、「クライアントの費用に見合う便益があること」「独自性があること」の2点を顧客価値の基準としている。
またBtoBビジネスにおける価値基準の難しさとして、クライアント企業の中にいる1人がプロダクトに価値を見出したとしても、チームや企業全体で認められていなければ、本当にその企業にとって価値のあるプロダクトなのかがわからないという点を挙げた。関口氏はこの点についても、「理想的には、顧客が所属する企業全体で商品やソリューションの使用が正解だと合意することが最大の目標」だと語った。
たとえばパソコン事業を行っている場合、メインターゲットは情報システムの担当者となる。しかし実際にパソコンを使用するエンドユーザー、資材調達や経理など多くの立場からの影響を受けることがあるため、異なる立場の人が持つ意向をきちんと理解することが重要だ。パナソニック コネクトでも、「顧客ごとに解像度を上げながら、顧客価値基点のマーケティングを進めている」という。
また、関口氏はもう一つ触れるべき点として「n=1という考え方」を挙げた。これはn=1の定性的な考えとn=manyの定量的な考えがある場合は、両者を組み合わせることはもちろん、「n=1の定性的な面を必ず先にやる」ことが重要だという。この理由について、関口氏は「たとえば1万人にアンケートを取った場合、統計的に処理されることで中央値や平均値が出てしまい、結局一般的に知られている回答しか得られなくなる」というリスクの存在を挙げた。
「本当の顧客は、1社ごとに違った免疫がある」と話す関口氏。他の顧客にも刺さるのかを確認するための数量調査も行いつつ「コア・バリュープロポジションを定義して、コンテンツや営業資料に反映させたり、中期的には商品コンセプトや次の商品・ソリューションに展開していったりといった活動をしている」とした。サイロ化の解消や顧客の共通理解のために、UIデザインやプロダクトデザインといったデザイン部門との連携も行っている。
講演の中で、関口氏は「サービスドミナントロジック」という概念について触れた。これは企業が生産し、顧客が消費するという商品ドミナントロジックとは異なり、企業と顧客が「共創」関係にあるという考え方だ。交換価値だけが唯一の価値ではなく、使用する状況などによって文脈によって価値が異なるという視点であり、顧客のナレッジも使いながら一緒にプロダクトを創り上げるという視点だという。
ポイントは常に顧客とつながるという「オールウェイズ・オン」だ。この考え方を踏襲し、パナソニック コネクトが策定した「デジタルカスタマーエクスペリエンス(DCX)ビジョン」では、顧客と企業の間でデータを結ぶための仕組みを構築し、商品企画やマーケティングコミュニケーション、営業やCSSなどをつなげることで理想の顧客体験を生み出そうとしている。関口氏はこのビジョンの基本コンセプトについて、「顧客データと製品データの両方がないと理想の顧客体験は生まれないという考え方」だと紹介した。
現在、同社においてはContentservや電通デジタルと協力しながら、グローバルなPIM(Product Information Management)・DAM(Digital Asset Management)を構築しているという。パナソニック社員や特定企業のクライアント、関係の深いパートナーなどを異なるレイヤーに分け、各地域ごとの製品情報をContentservで管理するという体制を取っている。
PIMやDAMなどのプラットフォームが全体の基礎となっており、そこに対してフロントエンド側の各種機能を積み上げていくという考えから成り立っている。関口氏は「SSO(Single Sign-On)の会員認証機能なども備えながら、これらの機能をレイヤー別に進めている」と語った。
またこれらの取り組みについて、現在8つのポイントで進めているという。
Web上のデータだけでなく、PDFなどの形で提供されるカタログにおいてもシングルソース化を進め、従来の紙媒体からデジタルへの移行をスムーズに行う。