オンラインカタログ型のEコマースを脱却し、顧客とつながる方法
体験型ショッピングとは、その名の通り、実店舗から生まれた言葉です。世界の都市部では、単にお店に入って商品を見たり、店員のアドバイスを受けたりするだけではなく、豊かで夢中にさせてしまうような体験を提供するべきだという考え方が広まっています。アート作品、ライブイベント、カフェ、ラウンジ、ビデオディスプレイ、バーチャルリアリティ技術などに出会える店舗空間を指す言葉です。
これは、若年層の消費者を獲得するためによく用いられる手法であり、一例としてロンドンのHouse of Vans(ヴァンズの様々なカルチャーを体感できる場)をご紹介しましょう。
ロンドンのウォータールー駅近くの鉄道アーチの下に位置する2,800m2のスペースには、ギャラリー、VansLabアーティストインキュベータースペース、映画館、ライブイベント、カフェ、バー、そしてスケートパークなどが入っています。また、Vansはもともとカリフォルニア州アナハイムで消費者にスケートボードシューズを直接販売するメーカーとしてスタートしたことを覚えていらっしゃる方もいるかもしれませんが、ここには「ギフトスイート」もあり、訪れたミュージシャンやアーティスト、その他のインフルエンサーにVansのウェアをプレゼントしています。
もちろん、すべてのブランドや小売業者がこうした空間を作るわけではありませんが、シカゴのHouse of Vansや世界各地のポップアップ会場で展開されているVansの理念の中には、あらゆる分野に応用できるものがあります。特に、
- House of Vansでは、企業は小売店を介さず、直接お客様と対話します。さらに、"自然体の(買い物をしていない)"お客様と直接触れ合うことで、お客様の生活を垣間見ることもできます。
- VANSは自社の価値観を伝え、その価値観が顧客の価値観とどのように結びついているかを提示しています。ウォータールーの近くにあるサウスバンクセンターの地下はイギリスのスケートボードの精神的な故郷とみなされているため、ウォータールーという立地も重要なポイントになっています。
体験型ショッピングは、若年層以外の消費者にも効果的か?
このような手法を採用しているのは、若年層向けのブランドだけではありません。イギリスのデパート、ジョン・ルイスでは、ここ数年、お客様に来店していただくために、店舗をよりわくわくするような場所にする方法を検討してきました。
一例として、2019年、サウサンプトン市内中心部にリニューアルしたコンセプトストアで、「体験の遊び場」の実験を始めました。ここでは、料理教室、バリスタワークショップ、パーソナルスタイリングパッケージなどのサービスを提供し、屋上には果樹園を作りました。 こうした活動の多くで、同社の高級スーパーマーケットブランド「Waitrose」を活用したのです。
こうしたアプローチは、2020年初頭にイギリスでコロナウイルスのパンデミックが発生した際に、物理的な世界では急停止せざるを得ませんでした。しかし、ジョン・ルイス社の事例は、2020年6月までにこの種の手法をオンラインで展開したという点で、特に魅力的であり、参考になります。
さらに、保険会社のVitality社と提携し、myJohnLewisとmyWaitroseの会員向けに以下のサービスも提供しています。
- Waitroseの栄養士による、より健康的な食品や食事に関するライブレッスン
- 睡眠やストレスなど健康に関するセッション
- 元オリンピック代表のセバスチャン・コー氏による姿勢に関するセッション
このように、ジョン・ルイスは、ロックダウンされた世界で日常とは異なる体験を強いられている私たちをナビゲートし、支えていく姿勢を示しています。この考えをさらに広げて展開している、バーチャルイベント、マスタークラス、ワークショップは、同社のウェブサイトの重要なコンテンツとなっています。顧客体験とショッピング体験の両方が、この小売業者の考え方の中心におかれており、それこそが体験型リテールを実現しています。
体験型ショッピングの手法をデジタルで活用するのはなぜか?
今回ご紹介したジョン・ルイスの取り組みは、オンライン小売業で実店舗と同様に改革の機運が高まっていることを証明していると捉えることもできます。
ほんの10年前を思い出してみてください。その当時のEコマースにおける顧客体験とは、顧客をセールスファネルに導き、支払いまで進めることでした。これは、オンライン部門が、デスクトップPCでの利用を想定して、ダイアルアップの世界でデジタル型のカタログショッピング体験を改良させていたことを反映しています。
対して、今日のデジタルの世界は
- より速くなっています。2020年には、EUの89%の世帯がブロードバンドにアクセスしており、 全世界では11億8,000万のブロードバンド接続があります。
- モバイルファースト。若年層の消費者は、スマートフォンを使ってデジタルサービスにアクセスします。2021年1月、世界のアクティブなインターネットユーザー46億6,000万人のうち、 92.6%(43億2,000万人)がモバイル機器を介してインターネットにアクセスしていました。 人口動態の変化と5Gの普及は、この傾向をさらに深めるでしょう。
このような新しい世界に移りつつあっても、オンラインカタログモデルがなくなったわけではなく、今後も完全になくなるわけではないことは強調しておきたいと思います。消費者がAmazonで買い物をする理由のひとつは、Amazonのサービスが、非常によく整理されたカタログのようなもので、商品を簡単に検索できるからです。
しかし、ここでのポイントは、単に商品を見つけやすく、買いやすくするだけでは不十分だということです。カタログ通販の雄、Amazonでさえ、オンデマンドのビデオコンテンツや無料配送を提供する「プライム」でアピールしているのですから。
今後、体験型ショッピングはどのように発展していくのか?
ここでまず認識すべきことは、先進的なブランドや小売業者は、オンラインで顧客を惹きつける方法にますます注目しているということです。消費者がGoogleで簡単に最安値の商品を見つけることができる世界では、まず目立たなくてはなりません。
ショッパブルコンテンツ、ライブストリーミングイベント、アプリやモバイルファーストのサービス、ソーシャルメディア、動画、そして家庭用品部門で使用されているような消費者が色やスタイルを試すことができるオンラインツールなどを利用し、ブランドや小売業者は目立つための取り組みを行っています。
こうした取り組みは、まだ始まったばかりです。次に紹介する例は、オンライン体験型の小売がいかに想像力豊かで革新的なものになるかを示しています。
- ベルリンを拠点とするReference Festivalは、2020年に「どうぶつの森」のアバターが高級ブランドのロエベやプラダ、GmbHにインスパイアされた服を着た、バーチャルファッションショーを開催しました。ゲームの中でのカウンセリングは、10年後には当たり前になるでしょう。
- L'Oréalは、「初のデジタルメイクアップライン」と称する製品を発売しました。AR(拡張現実)技術を用いて、顧客はビデオ通話プラットフォーム上でさまざまなメイクアップ、「Signature Faces」を試すことができるのです。
- まだ始まったばかりですが、別のARの取り組みとして、見ている人のプロフィールに応じて変化する回転式ディスプレイを備えた3Dマネキンの研究が行われています。
小売業者やブランドによって、好まれる手法は異なります。しかし、ここで重要なのは、デジタルコマースが複数のチャネルで行われているということです。ブランドは、顧客が集まる場所に素早く移動し、そのチャネルやオーディエンスに適した想像力豊かな体験を提供する必要があります。このようにして、ブランドは顧客に到達するだけでなく、ブランド・ロイヤルティを築くことができるのです。
体験型ショッピングを支える技術
体験型リテールは、単にフロントエンドのマーケティング上の演出だけではありません。お客様が商品にたどり着いたときに、その商品を買うかどうかを決める上で必要な情報を得られるようにしておくことでもあるのです。
つまり、商品情報管理システムを使って商品情報を充実させ、画像、動画、商品データすべてを正確で、商品が最も美しく見えるようにしておくということです。このようにして、商品データは、さまざまなチャネルを経由して、本当に必要な場所、ブランドがお客様と直接感情的なつながりを築くのを助ける場所に行き渡るのです。
小売業の消費者の73%が複数のチャネルを利用して買い物をしていることを考えると、自社のオンラインショップ、マーケットプレイス、ソーシャルメディアなどの各チャネルで、一貫したリッチな商品コンテンツをシームレスに提供する必要があることは言うまでもありません。もちろん実店舗でも同様です。複数のチャネルを利用しているお客様は、1つのチャネルしか利用していないお客様に比べて、平均で9%多く消費していることを考えると、これは特に重要なことです。
リッチコンテンツとは、パーソナライズされた体験を提供することでもあります。また、ほぼすべての消費者(91%)が、自分を認識し、記憶し、関連性の高い提案やレコメンデーションを提供してくれるブランドで買い物をする可能性が高いことから、パーソナライゼーションと体験型ショッピングは連動する必要があります。このようにして、限界のない体験型ショッピングを想像し、実現させることができるのです。